ブログカテゴリ:マタイによる福音書



礼拝説教 · 2020/02/16
癒しを求めてベトザダに居たその人に、イエスは 「良くなりたいか」と 問われました。そんなの当たり前でしょう! この人の38年は 良くなりたい という願いのために費やされてきたのです。まるで死を待つように、 いつ癒されるかもわからないまま、彼はベトザダの池のほとりに居ました。 これまで、彼のまわりで 癒されず死んでいった人も居たでしょう。...
礼拝説教 · 2020/02/09
イエスは、自分は上のものに属し、人々は下のもの、世に属していると言います。 イエスと人々は別々。同じではない、と言うのです。 この「属している」というのは、生活している時間が違う、ということです。...
礼拝説教 · 2020/02/02
神殿の境内で、牛や羊や鳩を売っていました。両替商も店を開いていました。日本人は神社の境内に店を出して食べ物、飲み物や子どもの喜びそうな玩具や駄菓子を売る店を見ていますから、神殿の中で商売、と聞くと、 「楽しそうな賑やかに人通りの多い」様子を思い浮かべます...
礼拝説教 · 2020/01/26
主なる神はモーセに、エジプトから導き出したイスラエルの民を約束の地へ導き入れるために先に使いを出して、いま約束の地に住んでいる異邦の民を追い出す、と言われました。この少し前、モーセが山で神と語っている間に、 イスラエルは目に見える神を欲しがり、金の子牛の偶像を造って礼拝して、...
礼拝説教 · 2020/01/19
幼いサムエルは、眠っている自分を呼ぶ声を聞いて、祭司エリのところへ 走って行きました。主なる神の神殿で寝泊まりしていたのはサムエル一人。 祭司エリは自分の部屋で寝ていました。サムエルは自分とエリ以外、誰もいないと思っていますし、いつも自分を呼ぶのはエリだから, 呼ばれるたびにすぐ、エリの部屋へ行きました。...
礼拝説教 · 2020/01/12
 バプテスマのヨハネは、イエスについてはっきりと、 「世の罪を取り除く神の小羊だ」と言いました。 この言葉を聞いて、バプテスマのヨハネの弟子二人が、イエスに従いました。 きょうの箇所でバプテスマのヨハネは、イエスのことを2回も、 「私はこの方を知らなかった」と、言っています。...
礼拝説教 · 2020/01/05
ヨハネによる福音書は、言(ことば)の存在から始まっています。 聖書はどこから読んでも読む人に対して、その書物のストーリーの前提の説明はありません。今回のヨハネによる福音書も、言 神 人間 そして 父という単語が説明なしに使われています。...
礼拝説教 · 2020/01/01
天地万物がこの世に創り出されたとき、神はその段階ごとに良しとされました。光を造り闇と光を分け、1日 という時間を造り出し、それから1日ごとに ご自分の創造の業を確かめられました。  きょう、お読みいただいた箇所にある言葉を、メッセージの題にいたしました。 きょう、お読みいただいたのは1日目から6日目まで。この次の日、...
礼拝説教 · 2019/12/29
占星術の学者は、聖書の中でマタイによる福音書だけに出てきます。 聖書で学者という立場の人は他にも出てきますが、マタイによる福音書の 2章以外は、学者と言えば律法学者。 聖書の中で、律法や神の言葉の研究をする以外の学問をする学者・研究者は、 ここに出てくる占星術の学者だけです。...
礼拝説教 · 2019/12/22
 救い主の誕生を知った人間たちの内、マリアやヨセフ、それにザカリヤたち イエスの地上での親族の他では、羊飼いたちと東の国の博士たちが最も早かった、ということは聖書でわかります。...

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