「裏切り」

　「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」

イエスが祈る場所に同行したのはペトロ、ヤコブ、ヨハネ。他の弟子はゲッセマネの園の入り口で待っていました。イエスと共に園の中に入った３人の弟子たちは、イエスの祈りを聞きました。イエスは神に「アッバ＝パパ、父ちゃん」と幼い子供のように語り掛けました。

聖書に書き記されたゲッセマネのイエスの祈りは、弟子たちに聞かせる祈りとも群衆の前の祈りとも違う、個人的で真剣な祈りでした。

「この杯を取りのけて下さい。わたしの願いではなく御心に適うように」

ルカによる福音書には、イエスが血の汗を流して祈られた、と書いてあります。

ゲッセマネのイエスの祈りは闘いです。救いの業を止めようとする力、イエスに受難を思い留まらせようとする力。人の滅びを願う力に、イエスが神と共に立ち向かったのです。

イエスはご自分の肉体の願いを退け、神の御心を適えるために祈り続けました。

祈っては立ち上がり、また祈っては立ち上がり、その合間に弟子たちの様子を見ると

彼らは眠り込んでいる。「目を覚ましていなさい」と言われても「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい」と言われても。でも彼らはイエスが祈る言葉を聞いていました。

弟子たちはイエスが恐れてもだえ苦しむのを見ました。イエスも彼らの心がイエスを思って熱く燃えるのを感じました。それでも彼らは眠りに引き込まれました。

イエスの祈る声を聞き、イエスと共に祈る彼らの熱意は、彼らをイエスから引き離そうとする力を振り捨てることができませんでした。

イエスが祈りを終えて立ち上がった時、彼らは眠ってしまった後悔に恥じ入っていました。

ペトロ、ヤコブ、ヨハネも他の弟子たちも、群衆の気配に緊張しました。剣や棒を持った人々。そして先導するユダ。群衆もユダの合図を待ち緊張していました。群衆は恐れていました。イエスは抵抗するかもしれない。奇跡を起こすかもしれない。自分たちはやられてしまうかもしれない。ユダも、そして恐れおののきながらそこにいた他の弟子たちも、期待していたでしょう。イエスが力を発揮して危機を脱してくれるかもしれない。群衆の前で、

神の子としての栄光を現して人々を圧倒して下さるかもしれない。

イエスは全く抵抗することなく、捕らえられました。抵抗したのは、大祭司の手下に切りつけた人だけです。先生は捕まってしまった。自分たちは先生のために起きて祈ることも、

助けることもできなかった。奇蹟は起きなかった。私たちの主は力強く勝つ姿を見せては下さらなかった。　　夜中に行われた大祭司の裁判でも、ローマの総督ピラトによる裁定の場でも、イエスは抵抗することはありませんでした。　弟子たちは逃げ去りました。

ゲッセマネの祈りから１２時間ほど後、イエスは十字架に架かり、人々に罵られながら息を引き取られました。ヨハネだけはイエスの十字架のもとに居ましたが、彼もイエスの母マリアの付き添いとしてイエスの死を見届けた女性たちの中に紛れていたのです。

他の弟子たちがイエスの死の時どこにいたか福音書は何も書いていません。イエスが葬られた後も、彼らは墓にも行かず隠れていました。イエスは死んでしまった。自分たちはイエスを裏切り逃げた。自分たちもイエスのように捕らえられるかもしれない。

　弟子たちはゲッセマネで、全く無抵抗で捕らえられたイエスを見て失望しました。

大祭司に遣わされた人々は、自分たちが持ってきた剣も棒も使うことなく捕まえたイエスが、逃げる様子もないことに安心して、連れて行きました。

捕らえられた夜、十字架で息を引き取る時、そして墓に葬られた時、人々はイエスが完全に敗北したと思いました。イエスの体は布に包まれ、他の遺体と同じように朽ちていくものと思われました。イエスは大祭司の裁判の判決通り、神を冒涜し神の名を汚した罪人であり、

共に十字架につけられた罪人たちと同じく、神に裁かれたのだ、と。

マタイとヨハネはきょうのゼカリヤ書を引用しています。イスラエルを救う真の王が

エルサレム来る。救い主の預言の箇所です。見よ、あなたの王が来る。子ロバに乗って来る王は、すでに勝利を与えられた。神に従う王が手に入れた領土の広さは、海から海、大河から地の果て。真の王の支配は地上のすべてに及ぶのです。

弟子たちに何度もご自身の受難と死を予告したイエスは、エルサレム入城の時、このゼカリヤ書に合わせ子ロバに乗りました。弟子たちも、エルサレムにいた群衆も十字架の１週間前に、イエスが真の王として、エルサレムに入城された姿を見たのです。

　愛する弟子の手引きによって救い主は捕らえられ、弟子たちも群衆も、彼のもとから逃げ去りました。イエスを愛し信じ従って来た者たちは十字架の死を知り、自分たちの希望は絶たれた。自分たちの望みは消えた、と考えました。

彼らはイエスが予告したもう一つのことを忘れていたのです。

マルコによる福音書１０章３４節「人の子は三日の後に復活する。」

マルコによる福音書１４章２８節「しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」　　彼らの絶望は、三日の後に裏切られます。

ユダが裏切ったのは何故か。彼は語ることなく自殺してしまい謎のままです。どのような考えであっても、彼が救いの可能性を捨ててしまったことは、残念でなりません。

イエスと共に祈れず眠った弟子、逃げ去った弟子、隠れていた弟子の裏切りは赦される時が来ます。彼らの失望の闇は消え去る時が来ます。子ロバに乗る真の王は勝利を与えられた。

救いの業は完成された。死は全ての終わり、というこれまでの常識は裏切られました。

もう闘う必要は無くなりました。剣も棒も、戦車も軍馬も弓ももう不要です

イエスは十字架の死によって勝利し、私たちの罪は贖われました。

イエスの救いの力は海から海へ、地の果てにまで及ぶのです。

感謝して、お祈りいたします。