「弱さに向き合う」

 

 

　新約聖書のほとんどを占める手紙。そのほとんどはパウロが地中海沿岸の教会に宛てて書いたものです。使徒パウロが書いた手紙の中の４つだけ、宛先が個人　一人の人です。

テモテに２通、テトスに２通。この二人はパウロの弟子で、他の手紙にも時々、名前が出ます。４つの中で一番短い手紙のあて先はフィレモン。この人の名は、他の手紙に出て来ません。

　この手紙の冒頭で、パウロはフィレモンとその家族の名前をあげて挨拶しています。

フィレモンの妻がアフィア。彼らの息子がアルキポ。彼らの家は教会として活動していました。コロサイの信徒への手紙４章17節にはアルキポの名前もあります。

フィレモン家の教会はコロサイ教会の枝の一つなのです。

　フィレモンへの手紙は全部で24節の短い手紙です。パウロはこの手紙を、牢獄で書きました。キリスト教はまだローマ帝国から認められておらず、伝道に反対する者たちが起した騒動を理由に、パウロは度々、逮捕され監禁されました。獄中でパウロが出会ったオネシモ。パウロは

フィレモンに、オネシモを赦し受け入れてくれるよう嘆願するために、この手紙を書いたのです。

　一体なぜパウロはフィレモンに嘆願したのか。手紙の内容に事件のヒントがあります。

①パウロはオネシモを｢監禁中に設けたわたしの子｣と呼ぶ。オネシモも捕まっているのです。

②15-16節で、オネシモはフィレモンの奴隷だった。でも主人のもとから離れているとわかる。

③18節で、オネシモが主人フィレモンに損害賠償請求されて当然の立場にあるとわかる。

…まとめると、パウロの熱心で有力な弟子フィレモン。彼の奴隷オネシモは、主人の家に損害を与え；泥棒でしょうか？：逃げ、逮捕された。それで獄中に居るパウロに出会ったのです。

信仰深いこの家族を、パウロは協力者、戦友と呼びます。彼らも、パウロの伝道によってイエス・キリストを受け入れた人たち。フィレモンは多くの使用人や奴隷を持つ財産家ですが、信仰の上ではパウロの弟子です。確かにパウロはフィレモンに「キリストの名によって遠慮なく命じて」よい立場です。けれどパウロは命じません。それどころか

「愛に訴えてお願いします」「あなたの承諾なしには何もしたくありません」「わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら」と、徹底的に低姿勢です。

なぜ、ここまでパウロはへりくだるのでしょう。

フィレモンは自分の奴隷オネシモの、生殺与奪の権利を持っているのです。

　レビ記は、イスラエル人の群の中で、貧しくて、生活資金を得るために自分自身を売るしかない人がいる。同胞としてその人を奴隷ではなく、雇い人か旅行者として扱いなさい、と命じます。25章は安息年とヨベルの年の箇所です。

安息年は7年に1度　1年間、畑を休耕田として休ませ、土地の砂漠化を防ぐ規定。畑を持たない弱い立場の人や動物のため、休耕田の実りを与えよという律法です。

7年ごとの安息年を7回＝49年が過ぎた50年目がヨベルの年。イスラエル人の群の中の土地や畑の貸借契約や奴隷は、ヨベルの年に元の持ち主に返せ、という解放の規定です。

　その奴隷がイスラエル人か、周辺の国からのもの(捕虜)かによって、扱いが違います。

42節｢エジプトの国からわたしが導き出した者は皆、わたしの奴隷である｣と、主なる神は言われます。彼らも彼らを買い取った者も、共に神によって出エジプトした民なのです。イスラエル人は神との契約条項＝律法を神から与えられた民。互いに神のものなのです。

新約聖書の時代、神の契約対象はイスラエル人だけではなくなりました。イエスの犠牲による新しい契約は、イスラエル人だけでなく神とすべての人とを結ぶのです。

たとえばフィレモンとオネシモとパウロ。

パウロとフィレモンはパウロのコロサイ伝道以来、信仰に導いた師と弟子の関係でした。

そのころオネシモは、主人に所有されるフィレモン家の一奴隷に過ぎず、パウロも直接は

オネシモを知りません。やがてオネシモは主人の家で悪事を働き、逃げて捕まりました。

人間として、オネシモは主人に損害を与えた悪い逃亡奴隷です。

フィレモンは自分の所有する奴隷を正しく管理することができず、逮捕者を出した経営者です。パウロは、伝道者で指導者。それなのに、獄中で動けずにいます。

パウロもフィレモンもオネシモも、それぞれの立場で失敗し困り　弱り果てた状態にありました。

パウロと獄中で出会ったオネシモがイエスを主と告白し、彼らの関係に変化が起きたのです。

　オネシモがイエスの十字架による救いを受け入れたことで、彼ら３人の関係は

共に神の国の国籍を与えられた者。神の御手の中にある者となりました。

オネシモがフィレモンのところへ戻り、真心から謝ること。フィレモンがオネシモの謝罪を

受け入れ、同じ主イエスに救われた者、主にある兄弟となること。それを心から願うパウロが、フィレモンにこの手紙を書いたのです。

　オネシモがフィレモンに届けた時、何が起きたか。

私たちはパウロが書いたコロサイの信徒への手紙の４章９節を読むことができます。

「あなたがたの一人、忠実な愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます。彼らは、こちらの事情をすべて知らせるでしょう。」オネシモはコロサイの教会と獄中のパウロとを結ぶ役割を誠実に行う者となっています。同じ４章の17節でパウロは言っています。

「アルキポに、『主に結ばれた者としてゆだねられた務めに意を用い、それをよく果たすように』と伝えてください。」　主は傷ついたオネシモ、フィレモン、パウロに寄り添い、彼らの関係を癒し、力づけて下さいました。そしてオネシモを　彼の名前の意味する通り「役に立つ者」にして下さいました。

互いを受け入れ　互いに愛し合う関係を築くために、弱さを持つ者、痛みを持つ者として、

自分自身も主の癒しを必要としていることを認め、主の助けを祈り求めましょう。

お祈りいたします。